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川端康成〜北条民夫実に態度も立派で、凄い小説です。 |
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川端康成 | 三島郡豊川村尋常高等小学校(現茨木市豊川小学校)、茨木中学校(現茨木高等学校)、第一高等学校(現東京大学)を経て、東京帝国大学文学部英文科にすすんだ。幼時に父母を失い、その後、祖母、姉、祖父を次々に失い、16歳のとき天涯孤独の身となった。叔父に引き取られた中学校在学中から小説家を志し、第一高等学校2年生の秋、初めて伊豆に旅し、旅芸人と道づれになり、その経験をもとに後年「伊豆の踊子」を書いた。大正13年大学卒業後、横光利一らとともに「文芸時代」を創刊し、「伊豆の踊子」などを発表して作家的地位を確立した。その後、「浅草紅団」など浅草ものといわれる作品を書き、また「禽獣」から「雪国」にいたって、いわゆる川端文学の一頂点をきわめた。 戦後も、「千羽鶴」「山の音」「眠れる美女」「古都」などを発表し、みがきぬかれた文体で独自の叙情の世界を描きつづけた。昭和36年、文化勲章を受章。また、昭和43年には、日本人として初めてのノーベル文学賞を受賞した。その後多忙を極め、年齢や病気のためもあってか、創作力も衰え、1972年、逗子のマンションでガス自殺を遂げた。72歳。墓所は、神奈川県鎌倉市の鎌倉霊園。 |
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北条民夫様 只今講了、立派なものです、批評は申上げるまでもありません。また聞きたいとお思ひになる必要もないでせう。文壇の批評など聞く代りに第一流の書をよみなさい。それが立派に批評となってあなたに働くでせう。早速発表の手続きをとりますが、急がないで下さい。「立派」「手帳」その他少々誤字あり、直しときました。「憔悴」は「顛倒」と直しときましたが、それでいいのですか。題は「その初めの夜」「いのちの初夜」「入院」など考へましたが、最初の一夜の方素直で気取らずよろしいと思はれます。「いのちの初夜」はちよつといいとも思はれますが。佐柄木が「いのち云々」というとこともあつて。最初の一夜は幾分魅力が薄い。 実に態度も立派で、凄い小説です。この心を成長させて行けば、第一流の文学になります。 十二月二十日 川端康成 今私はバイブルを読んでいますが実に面白い、お読みになるとよいと思ひます。 感傷的な宗教書としてでなく、強烈な精神の書として。病院になければ送ります。 |
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