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私の読書感想メモ
坂口 安吾著 桜の花の満開の下
近頃は桜の花の下といえば人間がより集まって酒を飲んで喧騒していますが桜の花の下から人間を取り去ると恐ろしい景色になります。 昔、 鈴鹿峠には旅人が桜の森の花の下を通らなければならばならないような道になっていました。 花の咲かない頃はよろしいのですが、花の季節になると旅人は皆、森の花の下で気がへんになりました。 でくるだけ早く花の下から逃げようと思って、青い木や枯れ木のほうへ一目散に走り出したものです。 昔の事、山賊がこの山の中に一人で暮らしていました。 この山賊はむごたらしい男で、街道にでて情容赦なく着物をはぎ 人の命もたちましたが、こんな男でも桜の森の花の下にくると気が変になりました。花というのは恐ろしいものだ。 花の下では風がないのにゴウゴウ風がいっているような気がしました。 そのくせ風がちっともなく、一つも物音がありません。 山賊は都で美女をとらえ、山中のアジトに連れて帰ります。その時、ちょうど満開の季節だった、見渡す限りの桜の森の下を通り、言うに言われぬ、堪え難い不安感を覚えます。 それでも、勇を振り絞って帰った山賊は、やがて女を女房にします。 女は山中での生活を嫌い、二人は都に居を構えます。 女は山賊に、贅沢な暮らしや金銀財宝のみならず、貴族やお姫様たちの生首を持ってくるように命じ、 それらの生首で「お人形」遊びをします。 さすがの山賊も、このままではいけないと感じ、女を山中のアジトに連れかえる決心をします。 女を捕らえた時から季節はめぐり、桜の満開の季節。 山賊は不安を覚えますが、桜の森を通らねば帰れません。 女を背負い、満開の桜の下を通る山賊。不安にかられ、背中の女をふと振り返ると、美しかったはずの妻は 全身が紫色の顔の大きな老婆だった。 彼は女の顔の上の花びらをとってやろうとしました。 彼の手が女の顔にとどこうとした時に、何か変わったことが起こったように思われました。 すると彼の手の下には降り積もった花びらばかりで、女の姿はかききえてただ幾つかの花びらになっていました。 そして、その花びらを掻き分けようとした彼の手も彼の体も延ばしたときにはもはや消えていました。 あとに花びらと、冷たい虚空がはりつめているばかりでした。 |
坂口安吾[サカグチアンゴ] |