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私の読書感想メモ
三浦哲郎著 「いとしきものたち」
目次 いとしきものたち春 |
私は机に向かうとき一尾の鮎を 念頭に置いている。できれば鮎 のような 姿の作品 が書きたい。無駄な装飾のない、簡潔なすっきりとした作品 三浦 哲郎 |
三浦哲郎[ミウラテツオ]
作家。1931年(昭和6年)、父壮介、母いとの三男、六人兄弟の末弟として八戸市に生まれる。
早稲田大学文学部仏文科卒。在学中から小沼丹、井伏鱒二の励ましもあって、作家を志す。
’61年、『忍ぶ川』で芥川賞を受賞し、地歩を固める。若くして自ら命を断った二人の姉や家を出たきり生命不明の
二人の兄のことなど、「血」の問題と、生まれ故郷のいわゆる“南部”の風土が、作風に濃い影を落とす。
人生の哀歓を簡潔かつ詩情豊かに描きだす文体に秀で、’76年『拳銃と十五の短篇』で野間文芸賞を、
’83年『少年讚歌』で日本文学大賞を、’85年『白夜を旅する人々』で大仏次郎賞を、
’90年(平成2年)『じねんじょ』と’95年『みのむし』とでは、二度の川端康成文学賞を受賞。
’91年の『みちづれ』は伊藤整文学賞
1年をわずか数行に圧縮するにはエネルギ−がいる。文字にはせずに捨ててしまわなければならない膨大な思いに、
因果を含めるようなこともしなければならない。(三浦哲郎)
◆落ち葉しぐれ 郷里の寺の境内に、樹齢百年はとっくに超えたと思える背の高い銀杏の木がある。 この銀杏・毎年11月の、良く晴れた、霜が降りて冷え込みの激しいある朝に、 わずか30分ほどで一枚残らず落葉してしまう。 −裏山から昇る朝日が、庫裏の屋根越しに銀杏の木のてっぺんにあたると、まずそこの一枚が、ひらと枝を離れて舞い散る。 それをきっかけに、葉は日を浴びたところから順におち始める。 まるで黄金色の分厚いマントを肩からゆるゆると足許へ脱ぎ落とす ように。実際、さわさわと衣ずれに似た音を立てながら。 その間、わずかに30分。丸裸になった枝々には、鈴なりのぎんなんだけがいかにも寒そうに揺れている− おふくろは、黄葉よりもむしろ落葉に方に心を惹かれているような話しぶりであった。 (中略) 葬儀のあと、納骨をしに墓にいくとき、私はおふくろの骨を抱いて銀杏の木の下を通った。 まだ9月の末で枝先の葉がようやく色褪せはじめたばかりであった。 |