私の小さな旅 北海道の文学碑と歴史に戻ります私の小さな旅 旅のアルバムのトップに戻ります       松江城を訪ねて

水の都あるいは東洋のベニスと呼ばれる松江。
小泉八雲(ラフカデイオ・ハーン)が「神々の国」と称した出雲の象徴・出雲大社(島根県大社町杵築東)

松江城
松江城
千鳥城の名をもつ松江城は、松江開府の祖堀尾吉晴が慶長16年(1611年)、
4年の歳月をかけて完成させたもので堀尾氏3代、京極氏1代、松平氏10代の居城。
明治初年の取り壊しを免れた5層6階の天守閣(重文指定)は、築城後400年のいまも往時の風格を
そのままに漂わせています。
堀尾吉晴公は、愛知県丹波郡の土豪の家に生まれた。
美濃の山中で木下藤吉郎(豊臣秀吉)と出会って家来となりました。
 「仏の茂助」と呼ばれる温厚な人柄でしたが、二十歳台から五十歳まで、戦いに明け暮れ、
豪勇の士として多くのエピソードを残しています。
 秀吉没後、三中老の一人として、徳川と前田、五奉行と徳川とのいざこざの解決に貢献し、
家康から本領遠州浜松12万石とは別に、越前府中5万石を贈られています

出雲大社注連縄 旧出雲大社駅
雲大社の大注連縄。これに向かって小銭を投げて注連縄に命中して
落ちてこなかったら大歓声をあげている人たち。
    旧JR駅 映画に出てくる雰囲気です。
     出雲大社駅だったようです。
出雲大社
国譲りの代償として、高天原はオオクニヌシノ命に、太い宮柱を岩盤にとどくはど深くうちこんだ壮大な宮殿を建ててあたえたといわれているが、これが出雲大社の始まりという。島根県簸川郡大社町は交通の便が悪い。
バスを待つまでの間。古代から流れる空を見ていました。
『古事記』『日本書紀』『出雲国風土記』の三つには、出雲地方を舞台にした数多くの神話が書かれている。 特に『古事記』には色々な神話が記載されているが、出雲に関する神話がその三分の一を占めている。高天原から素箋鳴尊が追放される話、出雲に降りてきた素箋鳴尊による八岐大蛇退治、大国主命の国譲りの神話など、魅力的な物語が次々と続く。
縁結びの神として全国に知られ、年間約220万人が参拝する。
出雲大社

他の観光客にしてる説明を聞いたけだから
真偽のほどはわからないけれど何でも11月に
日本全国から出雲に集まった神様がここに泊まるらしい。

小泉八雲館
小泉八雲記念館
小泉八雲
本名ラフカディオ・ハーンLafcadio Hearn。ギリシア生れの英国人。
明治期の随筆家・小説家。1890年(明治23)米国の雑誌特派員として来日。日本文化に強くひかれ、島根県の松江中学に英語教師として赴任した。そのとき身の回りを世話した小泉セツと結婚、
熊本の五高へ転任。’96年帰化して東京帝国大学で英文学を講じた。この間日本の自然と伝統に彩られた生活文化を欧米に精力的に紹介。1904年日本の古典、民話から取材した短編集「怪談」を米国で刊行した。
小泉八雲は、熊本に転任するまでの1年2か月あまりを松江で過ごしました。小泉八雲旧居は享保年間(約200年前)に士族の屋敷として建てられたもので、三方を庭で固まれた平屋建瓦葺の家です。

境港市は「鬼太郎に逢える町」

前に見た「釣り馬鹿日誌」で境港は大山も見れて魚が豊富だと記憶にあったので駅で名前を見たら急に行きたくなりました。
ところが米子から片道約1時間もかかることを電車に乗るまでわからなかったから時間に追われて町を
探索することができなかった。ここは水木しげるロ−ドがあるらしい。
この駅周辺だけで後は何も見ないで帰ってきてしまいました。

水木ワ−ルドの電車
電車まで水木ワ−ルドです。
境港駅
境港の駅

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