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「見ざる 言わざる 聞かざる」の三猿の日光
2015年9月

「見ざる 言わざる 聞かざる」の三猿
猿の一生を表しているという。

日光東照宮は、東照大権現の神号を朝廷から与えられた徳川家康を祀る神社で、
家康自らの遺言により元和3年(1617年)に徳川二代将軍秀忠によって久能山より遷座され、
正保4年(1645年)に宮号宣下があり東照宮となりました。

日光東照宮の陽明門をはじめとした55棟の社殿群のほとんどが、
寛永11年(1634年)に徳川三代将軍家光の命による「寛永の大造替」によって
立て替えられたもので、
桃山建築と江戸初期の建築技術の粋を集めたものとなり、
平成11年(1999年)に「日光の社寺」として世界遺産に登録されました。


境内にある55棟の建造物には、国宝8棟、重要文化財34棟を含みます。
全国各地から集められた名工により施されたという漆や極彩色が美しく、
柱などには数多くの彫刻が飾られています

華厳の滝
那智の滝、袋田の滝とならぶ日本三名瀑の一つ

眠り猫
日光東照宮(にっこうとうしょうぐう)は、日本の関東地方北部、栃木県日光市に所在する神社。
江戸幕府初代将軍・徳川家康を神格化した東照大権現(とうしょうだいごんげん)を祀る。
日本全国の東照宮の総本社的存在である。
正式名称は地名等を冠称しない「東照宮」であるが、他の東照宮との区別のために、
「日光東照宮」と呼ばれることが多い。

その歴史は少なくとも源義朝による日光山造営までさかのぼり得るもので、
源頼朝がその母方の熱田大宮司家の出身者を別当に据えて以来、鎌倉幕府、
関東公方、後北条氏の歴代を通じて、
東国の宗教的権威となっていた。こうした歴史を背景に、
徳川氏は東照宮を造営したと考えられる。



2015年低気圧の影響で記録的な豪雨となった栃木県で9月10日、
鬼怒川プラザホテル(日光市)の施設が倒壊した。
倒壊したのは、離れの露天風呂施設。増水した鬼怒川に面しているが、けが人はいなかった