私の小さな旅 北海道の文学碑と歴史に戻ります私の小さな旅 旅のアルバムのトップに戻ります


熊本城(くまもとじょう)は、現在の熊本県熊本市中央区に築かれた安土桃山時代から江戸時代の日本の城。
別名「銀杏城(ぎんなんじょう)」。

加藤清正が中世城郭を取り込み改築した平山城で、加藤氏改易後の江戸時代の大半は熊本藩細川家の居城。
明治の西南戦争の戦場となった。西南戦争の直前に大小天守や御殿など本丸の建築群が焼失し、
現在の天守は1960年の再建である
現存する宇土櫓などの櫓・城門・塀13棟は国の重要文化財に指定されている。
また、城跡は「熊本城跡」として国の特別史跡に指定されている。

熊本城 熊本城
熊本城
熊本城

鹿児島
林 芙美子(はやし ふみこ、1903年(明治36年)12月31日 - 1951年(昭和26年)6月28日)は、日本の小説家。
物心ついた小学生時代に貧しかった生い立ちからか、底辺の庶民を慈しむように描いた作品に、ことに名作がある。

当人は、生まれは下関と言い、生年は明治37年、誕生日は5月5日などとも書いて語っていたが、
没後20年余り経って、誕生の地は門司市小森江(現、北九州市門司区)との説が発表された
(ただし出生届は叔父の家の現・鹿児島市に明治36年12月31日誕生として翌1月に出ている)

実父は宮田麻太郎、母はキク。麻太郎が認知しなかったので、娘は『林フミ子』として、母方の叔父の戸籍に入った。
麻太郎は下関で競り売りやテキ屋をやって当て、1907年若松市(現・北九州市若松区)へ移って繁盛したが、
浮気して、母子は1910年、番頭の沢井喜三郎と家を出た。
養父と母は北九州の炭坑町を行商して回り、芙美子の小学校は長崎・佐世保・下関と変わった。
喜三郎は下関で古着屋を営んで小康を得たが1914年倒産し、11歳の芙美子は本籍地の鹿児島に預けられたのち、
旅商いの両親に付いて山陽地方の木賃宿を転々した。
1916年(大正5年)(13歳)、尾道市にしばらく落ち着き、翌年、市立尾道小学校(現・尾道市立土堂小学校)を2年遅れで卒業した。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%86%8A%E6%9C%AC%E5%9F%8E

林芙美子文学碑


小説「放浪記」「浮雲」などで知られる女流作家,
林芙美子の母親は桜島の古里町で暮らしたことがあり、
芙美子も幼いころの一時期を鹿児島で過ごしたといわれます。
「花のいのちは短くて、苦しきことのみ多かりき」

桜島
錦江湾