私の小さな旅 北海道の文学碑と歴史に戻ります私の小さな旅 旅のアルバムのトップに戻ります

「魔法の国」においでよ!に誘われての旅


はるばるきたぜ! 函館!の旅 (2002年5月) 2015年10月 

トラピスチヌ修道院

八幡坂
正面に記念館として港に係留展示されている青函連絡船・摩周丸

一日乗車券を胸に下げてガイドつきのバスの旅行と洒落てみました。

五稜郭タワ−に飾られた土方歳三の顔。すごくインパクトがあって見入ってしまいました。
近藤勇と流山で別れを告げて彼はここをを死に場所とした

私は旅人になっていました。

(更新日2010年12月21日)

函館山夜景

函館山
函館山夜景

三大夜景のひとつ
雨の降った次の日がとてもきれいだといいます。
大渋滞を抜けてこの宝石箱のような夜景を見たときには
私も感嘆の声をおもわずあげていました。
この夜景の下に多くの人たちの生活の営みがある。

悩み、苦しみながらあるいは天をも昇る歓喜の声をあげながら、変わらない自然の中で生きている。

いつかあらゆる煩悩をつきぬけて
感謝と感動の穏やかな日々ができるのだろうか?
安息の精神は何処からいつになったらやってくるのか?
箱館奉行所 箱館奉行所は1864年(元治元年)幕府の北辺防備の拠点
五稜郭内に竣工。本庁舎は約3,000uの壮麗な和風建築。
1868年(明治元年)戊辰戦争最後の舞台となり、
旧幕府脱走軍降伏2年後の1871年(明治4年)解体。
地上に存在した期間は僅か7年。
2010年(平成22年)、当時の工法・材料を可能な限り活用、
庁舎の1/3の規模を部分復元。
幕末・明治維新のピンと張りつめた時代の空気を感じとれる
貴重な歴史遺産の空間

2006年から復元工事が行われていた箱館奉行所が、
2010年7月29日に完成。

箱館奉行所HPより引用しました。
http://www.hakodate-bugyosho.jp/about.html

函館聖ヨハネ教会

ラッキーピエロ
とても美味しいです。
函館ハリストス正教会
函館ハリストス正教会は日本正教会の教会であり、東日本主教区に所属する。
日本正教会の東日本主教区は北海道・東北地方を管轄している。
函館ハリストス正教会は北海道に所属する教会の中でのみならず、
日本正教会でも伝道の最初期からの歴史を持つ最古の教会の一つである。
1983年(昭和58年)に国の重要文化財に指定された
管轄司祭は2008年(平成20年)9月に、日本人のイオフ馬場登神父から、
ロシア人のニコライ・ドミトリエフ神父に代わった。
函館ハリストス正教会にロシア人司祭が着任するのは実に115年ぶりであり、
日本正教会の神品 (正教会の聖職)の殆どが日本人によって担われてきた事
が表れている
函館ハリストス正教会

『函館聖ヨハネ教会』は茶色の十字形をした屋根
カトリック元町教会
旧函館区公会堂
旧函館区公会堂
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
元町11-13。国の重要文化財に指定されている。

明治40年(1907年)の大火により、町会所が焼失し、新たな集会所の建設の計画が持ち上がった際、
初代相馬哲平が50,000円の寄付を申し出て、明治43年(1910年)工費58,000円余りで完成した。
新たな町会所の他、商業会議所事務所、ホテル営業も構想にあったが実現しなかった。

北海道特有の木造2階建ての擬洋風建築、アメリカのコロニアル風洋館で札幌の豊平館と並んで、
明治期のの洋風建築として注目される。左右対称のポーチを持ち、回廊で結ぶ中央にベランダを配し、
左右のポーチにもベランダを持つ。屋根は桟瓦葺きで屋根窓を持つ。
ポーチの袖妻には唐草模様を配し、玄関や回廊を支えるコリント式の円柱の柱頭に洋風の装飾が配され、
当時の日本人職人の洋風建築技法の習得意欲がうかがわれる。
元町カトリック教会 「魔法の国」においでよ!
そんなキャッチコピ−を見たことがあります。
今まで何度か函館には来ました。
飛行機がまだ高値の花だったころ、青函連絡船に乗って本州に渡ります。


今までは
旅の途中に寄っただけしかなかったのに
「ス−パ−北斗」に乗ってでかけてみました。


大好きな人がホ−ムで待ってくれているような
そんな町。(元町カトリック教会)

トラピスチヌ修道院は1898年フランスから派遣された8人の修道女によって創設された 日本最初の女子修道院。 約70名の修道女が牧畜や農耕を営みながら敬虔な宗教生活を送っ ています。祈りと賛美歌のとき以外は沈黙を守ります。自給自足が原則。起床は3時30分、就床19時45分。その間に労働8時間、祈り8時間を行います。
             (ガイドさんのお話より)
一日24時間のうち自分の自由な時間は何時間なんだろうか?何を思って生活してるんだろうか?等と考えながら青い青い空をみていました。神様といきることになんの疑問を持ってはならないのだ。テレビも新聞もPCもなく、ただ己と神様、私にはどう考えても信じられない世界だ。

トラピスチヌ修道院

トラピスチヌ修道院
外人墓地は安政元年(1854)のペリー来函に同行し亡くなった水兵を埋葬したことから始まり、以来イギリス人、中国人、ロシア人、フランス人など、祖国を遠く離れ来函中の海上で、あるいは函館の地で亡くなった多くの外国人が葬られている。
故人の母国によって異なるさまざまな形の墓標が、函館湾を見下ろしながら立っている。

明治3年(1870)、在函5ヵ国の領事からの要望で正式に外国人墓地として定められた。
外人墓地
外国人墓地
五稜郭
幕末から明治維新にかけて、箱館戦争と呼ばれる最後の国内戦の舞台となった。

榎本武揚らが、この地で新政府を樹立するために拠点としたところです。
五稜郭は安政4年(1857)から7年間かけて、函館警備、蝦夷地防衛等のために作られたものです。
 

五稜郭
五稜郭
ペリー提督 来航記念碑
日本を開国した「蒸気海軍の父」
函館市弥生町2
1854年函館港に入港したペリー提督。

蒸気艦(じょうきかん)の建造や灯台の改良、また下士官や兵士の教育などにも尽力し、とくに蒸気艦の建造に関しては「蒸気海軍の父」と呼ばれるほどでした。
1852年には東インド艦隊司令長官に任命され、その翌年に浦賀へ来航します。
1854年には横浜で日米和親条約を締結、同年には視察のため函館へも訪れています。
1857年に退役、その翌年に63歳の生涯を終えました。
ペリー提督
高田屋嘉兵衛 高田屋嘉兵衛(たかたや かへえ)の像

函館を商売の都へ導いた商才
函館市宝来町(宝来町電停近く)

函館の北洋漁業の基礎を築いた功労者として、また、函館を拠点とした択捉航路を開いた嘉兵衛をたたえて建立された。
土方歳三

1863年、近藤とともに浪士隊に参加し上洛。以後は近藤の右腕として、とくに隊内の引締役に徹する。有名な局中法度も土方が制定したとの説もあり、その運用は厳格で隊規違反で切腹させられた隊士は2ケタにのぼる。鳥羽伏見の戦いでは負傷した近藤勇のかわりに新選組の指揮をとるが、敗走。
いち早く洋装を取り入れるなど、土方は合理主義者で戦いの役に立たない剣を捨てるのもいとわなかったと言われる。
江戸に帰った後、近藤と共に甲陽鎮撫隊を結成し、政府軍に抗戦するが、ここでも敗れた。
流山で自首した近藤と別れると、新選組の残党を率いて大鳥圭介ら旧幕臣軍と合流。宇都宮や会津を転戦した。宇都宮で負傷したために会津戦争のときには斎藤一に新選組の指揮をまかせ、戦争終結後は仙台で榎本武揚の艦隊に乗り込んで箱館に向う。箱館では陸軍奉行並みに専任され陸戦の指揮官として活躍する。5月11日、新政府軍の総攻撃に苦戦する弁天台場を救うために70人あまりの兵と一本木関門あたりで遭遇戦となり、兵を奮い立たせているときに馬上の土方に一発の銃弾が命中。享年35歳。(案内書より)
土方歳三五稜郭タワ−の土方
土方歳三
日本最古のコンクリート電柱
日本最古のコンクリート電柱

 この電柱は、大正12年(1923年)10月、当時の函館水電会社(現北海道電力)が建てたもので、現存するコンクリート電柱では日本最古のものである。 高さ10メートルのこの電柱は、現場打ち工法で、底辺が47センチメートル四方、上辺が19.5センチメートル四方の鉄筋コンクリート造りで角錐形という珍しいものである。 火災が頻繁に発生した当時の函館では、この頃から耐火建築が増えはじめたが、この電柱もそのあらわれである。 
(函館市末広町15)
伊能忠敬北海道最初の測量地

伊能忠敬北海道最初の測量地

五月二十八日 新暦七月十九日
土用 朝五つ迄曇る夫
より晴天江戸出立後の上
天気なり併し山々白雲お
ほし箱館山に登て所々の方
位を測 夜も晴測量・・・・
寛政十二年一八○○年
伊能忠敬測量日誌より 昭和三十二年四月函館市
(函館山)
函館市青函連絡船記念館摩周丸
函館市青函連絡船記念館摩周丸
1908年に国鉄直営連絡船が開設
1988年3月13日の青函連絡船最後の日まで運航していた摩周丸を産業遺産として保存・公開しています。1965(昭和40)年の就航から1988(昭和63)年の終航までに1168万367人を運びました。

北海道第一歩の地
明治維新後、開拓使などが最初に上陸したのが「東浜桟橋」
「熊」と「いかり」をモチーフとした碑は海道100年を記念して昭和43年(1968年)に建立。
椴法華村海浜温(とどほっけむら)
椴法華村海浜温泉(とどほっけむら)
全国でも珍しい渚にある天然の露天風呂として海水浴
を楽しむ人々にも人気。
潮の干満により、入浴可能な時間が日ごとに変わる。
恵山灯台
恵山岬・灯台(えさんちょう) 1890年建立
北海道駒ヶ岳
駒ヶ岳

北海道駒ヶ岳は、北海道森町、鹿部町、七飯町にまたがる活火山(成層火山)である。

知内町で見た北島三郎の交通安全





































    

私の小さな旅 北海道の文学碑と歴史に戻ります私の小さな旅 旅のアルバムのトップに戻ります